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7. サンタが街にやってくる

「ぷは〜 、苦しかった〜!!」
先輩たちが見えなくなると、彼女は勢いよく面をぬいだ。
「も〜!だいぶ予定より遅れちゃったじゃないよ〜!!」
「ごめんごめん、ほんと助かった。トナカイ、名演技だったよ!」
「まあ、事情が事情だし、しょうがないか。結果オーライ、良しとするわ。
いや〜、この面リアルですごいいいね!岩田さんによくお礼言っておいてね!
で、これからの事だけど。ねえねえ、よしくん、子供達にプレゼント渡す時なんて言おうと思ってた?」
「 あ〜、そういや考えてなかったなぁ。」
「やっぱり!あのね、さっき 思ったんだけど、
やっぱり喋っちゃうと若い人が入ってるってバレちゃうじゃない?
黙ってプレゼントを差出すだけのほうが よりリアルかな〜と思うのよね〜。」
「なるほど。わかった。サンタクロースの心得 そのさん『男は黙ってサンタクロース!』だな!」
「うっす!」
僕らは妙にテンションがあがってきた。
「ところで、さっきのプレゼントの中身はなんだったの?」
「二日酔いのドリンク剤!」
「ナイス!」


高速に乗って、途中、パーキングエリアでメイクと着替えをした。
案の定周りからじろじろ見られたが、もうこの際お構いなしだ。
ハイテンションなまま突っ走って、ようやく海沿いのその街についた時は午前2時をまわっていた。

高速を降りて海に向かって坂を下る。もうすぐだ。
少し緊張してきた。リラックス、リラックス。
車は海沿いの松林の陰で停まった。彼女が黙ってこの先に見える灯りを指差した。
あれがお姉さんの家なのだ。

僕は黙ってうなづくと、ゆっくりと車から降りた。
彼女は念のためトナカイの面を被っている。ここで待機して見守るらしい。

僕は袋を背負って堂々と歩いて行った。
すると、家まであと5mというところで、玄関が開いて子供達が出て来た。
その後ろにはお父さんとお母さんもついてきて見守っている。
僕はお姉さんに向かって軽くうなづいた。お姉さんもうなづいていた。
小さいほうの女の子が僕に向かって走ってきた。
「わ〜い、サンタさんだ!お姉ちゃん、サンタさんきたよ〜!」
この子がまゆみちゃんだな。僕は黙ったままほほえんで、袋の中からプレゼントを渡した。
「わ〜い、ありがとう。お姉ちゃんってば!」
まゆみちゃんがはしゃいで手招きするが、みかちゃんは少し離れたところに立ったままだ。
「サンタさん。」
不意にみかちゃんが口を開いた。僕はほほえんで話を聞く姿勢をみせた。
「サンタさんは、お父さんかお母さんのお友達のひと?」
僕は首を横に振った。
「じゃあ、本物なの?」
うなづく。
「みかね、物はいらないの。そのかわり、すごく欲しい物があって、サンタさんに毎日お願いしてたんだけど、
それは知ってる?」
僕は大きくうなづいた。
僕は袋からプレゼントを出そうとした。その時!
「あ〜〜!!!トナカイがいるぅ〜〜!」
まゆみちゃんの声だった。次の瞬間、みかちゃんはその声のするほうへ走って行った。
万事休すか?!

トナカイが松林の陰からすごすごと出てきた。
みかちゃんはしばらく黙ってトナカイを見ていたが、やがてポツリと「ゆう子お姉ちゃんでしょ。」と言った。
トナカイは少しの間固まっていたが、あきらめたように面をはずした。
「ばれちゃった?」
「やっぱり・・・サンタクロースなんていないんだ。」
「みかちゃん、それはちがうよ。」
もう黙ってられない!サンタの心得をやぶってでも、伝えなくては!
僕はいつの間にか喋り出していた。
「確かに僕はサンタクロースなんて名前じゃない。今日だってゆう子お姉ちゃんに頼まれてここにやって来た。
でもねみかちゃん、サンタクロースっていうのは人の名前なんかじゃないんだ。
誰かが誰かを想う、気持ちのことなんだ。
今日僕がここに来たのは、それを届けるためなんだよ。」
僕はプレゼント袋の中から、残りの二つのプレゼントを出した。
「これがなんだかわかるかい?」
みかちゃんは首を横に振るかわりに少しだけ顔を上にあげた。
「ひとつはみかちゃんの分、もうひとつは雪絵ちゃんの分だよ。」
「・・・なんで?なんでゆきちゃんのこと知ってるの?」
「この間お父さんと動物園に行っただろ。帰りに雪絵ちゃんに会っただろ。
雪絵ちゃんの家には、サンタさんが来ないんだよね。
みかちゃんは、雪絵ちゃんのことを想うからサンタのプレゼントは欲しくなかったんだろ。ちがうかい?」
みかちゃんはお父さんのほうを振り返った。
お父さんがほほえんでいる。
「そしてこのプレゼントはお母さんが用意したものなんだよ。中身は雪絵ちゃんとお揃いなんだ。」
みかちゃんがお母さんのほうを見る。
お母さんも笑っていた。
「さあ、みかちゃんも行くよ。」
「えっ、だってみかは、ゆきちゃん家にサンタが来るようにお願いしたんだよ。
みかが行ったらゆきちゃんにバレちゃうよ!」
「大丈夫、君はもう立派にサンタクロースなんだから。」
トナカイも笑ってる!いや、泣いているのかもしれない。
みかちゃんも少しだけ泣いていた。
僕らは ゆきちゃんの家目指して、夜空にむかってアクセルを踏んだ!


 
 
 
 

海沿いのカーブを曲がると、朝陽が昇る前の空が絶妙なグラデーションを描いていた。
眠っていると思っていた彼女が口を開いた。
「よしくん。」
「ん〜?」
「ありがとう。」
「いや、ゆう子のサンタとして当然のことをしたまでだよ。」
と、少し格好つけて言ってみた。が、助手席を見ると、
彼女はトナカイの面を抱いたままもう夢のなかに戻っていた。
やれやれ、しょうがないな。

僕は僕の鞄で眠っている、銀色のリボンのついた小さなあの箱のことをそろそろ彼女に切り出そうか、
と少しドキドキしていたところだったのだけど、それは朝陽をあびてからにすることにした。


『サンタが街にやってくる』  END